タイトル_なんようの匠たち
file:11 【南陽菊花会長】片平 功さん
file:11 【南陽菊花会長】片平 功さん
南陽市の秋の風物詩「南陽の菊まつり」。その起源は、米沢藩第12代藩主上杉斉憲(なりのり)の時代まで遡ります。その後、大正時代に宮内の料亭へ菊人形が飾られた事から本格的に始まった菊祭りも今年で100年目。現在もその志を伝える南陽菊花会長の片平功さんをご紹介します。

計算と工夫による美しき形状 ──菊づくりの魅力は、どのようなところにありますか?

「やはり、その難しさでしょうね。水かけから肥料づくり、支柱で菊を思った方向に曲げ「天地人」と称される型へ仕立てる工夫や、三枝と呼ばれる一株から三本に枝を分かれさせるタイミングなど、日々気が抜けないんです。それだけに綺麗に咲いた時の嬉しさはひとしおですよ」
 虫の多い時期は虫捕り網を持って子供みたいにビニールハウスを駆け回りますと笑う片平会長。
丹精こめて、という言葉では語りきれない手間隙のすえに大輪の花が咲く。
苦労の果ての喜びを知っている者だけが見せる笑顔が、そこにはあった。

菊づくりは「基本に忠実」が大切だと語る片平さん。
花笠音頭の歌詞にも「菊は宮内」なる一節が。それほど昔から南陽の菊は有名なのだ。

 

新たな希望の花「南陽の光」 ──100年目を迎える菊まつりですが、今後どのように発展してほしいですか?

「一時期は"100年目の今年で終わる"なんて噂もありましたが(笑)これからも地域の誇りとして続けていくつもりです。今年は南陽の名前がついた、新しい品種も出品されますし。菊は南陽市の花ですから、他県の方に今まで以上に紹介していきたいですね」
 新品種「南陽の光」は、塩田市長が命名した、純白の鮮やかな花弁が印象的な花だ。長い歴史を象徴するとともに、次の百年へ向けての希望の光となる。そんな思いが「南陽の光」について語る片平さんの口調から、ひしひしと伝わってきた。
品評会用の菊以外にも食用菊なども広く手がけている。
開花が待ち遠しい「南陽の光」。

 

南陽の未来を創る匠たち ──これから、菊づくりを通して伝えていきたいことはありますか?

「やはり後継者不足を改善したいですね。講習会を毎年開いていますが、来る人には"どうか楽しんで育ててください"と話しています。必ず受講生の家を訪ねて、育てている菊のアドバイスもするんです。菊も人も同じ、こまめに手をかけないと育ちませんよ」
 菊づくりは人づくりだと言って頷く片平会長。現在は市内の小学校で菊づくりをも教えている。菊を通じ、人と町を育てようとしている片平会長の志は、まさしく地域を思う「匠」のそれであると、改めて感じた。
畑は奥さんのキヨ子さんと二人で世話を続けている。
取材中、「楽しんで育てるのが一番だ」と繰り返していたのが印象的だった。

 

 

 

片平 功(かたひら いさお)

南陽菊花会長

昭和43年、菊やオモトを栽培していた
父を手伝い菊づくりをはじめる。

これまで南陽市品評会で総理大臣賞を3回にわたり受賞するなど、南陽の菊づくりを支える存在として現在も活躍、厚物や管物(くだもの)をはじめ、盆栽や食用菊など500種類を夫婦で栽培している。

■2012年10月取材

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