タイトル_なんようの匠たち
file:5 【造形師】菊地忠男さん
file:5 【造形師】菊地忠男さん
南陽市の秋の風物詩、菊人形祭り。大河ドラマや武者絵巻の一場面を、精巧な人形と色とりどりの菊の花で魅せる南陽の伝統的な祭りも今年で99年目を迎えます。
 実は、祭りで用いられる菊人形は全て、宮内にある工房によって製作されています。そんな、菊祭りを担う有限会社美尚堂工房の菊地忠男社長をご紹介します。
ストレートに“あまい”愛情を” ──美尚堂工房さんは創業昭和6年とお聞きしましたが、ずいぶん歴史があるんですね?

「先代にあたる私の父はもともと木彫の仕事をしていたんです。当時、宮内地区は養蚕で栄えており、料亭なども多数ありました。そこで秋の庭を彩ろうと菊人形を飾るようになり、他県の職人に依頼していたのが、やがて父に依頼が来るようになったんです」
 その後、父の造る石膏模型に憧れて同じ道へと進んだ菊地社長。当時は時代考証の参考になる資料がほとんど無かったため、映画館に通っては時代劇をこっそりスケッチしていたそうだ。当時の研鑽は現在の幅広い造形にも役立っていると菊地社長は言う。
 南陽の秋を彩るあでやかな祭り。その長い歴史の礎は、はるか昔より培われていたのである。
菊地さんの作業部屋は膨大な資料の中に、恐竜の模型や南国の面が飾られ、なんとも遊び心を感じる。
当時のことを身振り手振りを交えて語ってくれた菊地さん。

 

何もないから何でもあるへ ──美尚堂公房さんの菊人形制作は独特とお伺いしましたが?

「他県の菊人形というのは人形師さんや菊を担当する方など分担で作業しているんですが、うちではデザインから人形製作、場面の小道具類や菊の花まで全て手がけています。
 ただ人形を造るのではなく、場面を創るという事を念頭において製作しています」

 大河ドラマのシーンを製作する場合などもただ忠実に再現するのではなく、細かなアレンジを加えるという。デザインから全ておこなえる美尚堂ならではの強みである。
 多い時には年間20場面あまりを手がけたという菊池社長。現在でも、菊祭りの期間中は毎朝のように花の様子や人形に不具合が無いかを確かめに行くそうだ。
 地域の文化を担っているという誇りは、たゆまぬ努力によって生まれているのだと強く感じた。
菊まつりの場面の繊細なスケッチ。菊地さんの手によるスケッチから全てが作られてゆく。
菊が生けられる本体部分は竹と藁で組まれ、菊の根も保水性に富んだミズゴケで保護するなど、先人の知恵が活かされている。

 

南陽の未来を創る匠たち ──菊人形に留まらず、恐竜や仏像など、様々な立体造形を手がけてらっしゃいますね?

「恐竜も仏像も若い頃から興味があったんです。これまでは忙しくて手が出せなかったのが、息子が継いでくれたおかげで製作が可能になりました。現在は8名の従業員で様々な造形を手がけています。
 若いスタッフから教えられる事も多々ありますよ」

 工房では、巨大な恐竜の造形物をはじめとする数多くの立体造形が、出番が来るその時を待っていた。菊池社長は恐竜の背を撫でながら「リアルさを追求するだけではなく、展示された際に夢のある造りにするよう心がけています」と言って微笑む。
 そんな笑顔を見ながら、南陽市の伝統を一手に担いつつ新たな取り組みにチャレンジする志の高さこそ「なんようの匠」と称するにふさわしいと、改めて実感した。
緻密な表現で生命力に溢れた恐竜に触れる菊地さんの目は、厳しくも優しい。
数mにも及ぶ迫力満点の恐竜。さらに大きいものだと20mもの大石田黒滝山向川寺仏舎利塔が有名だ。

 

 

 

菊地 忠男(きくち ただお)

 有限会社美尚堂工房 取締役社長
 昭和6年に創業した美尚堂を父である熊吉氏より
引き継ぎ、平成元年に会社として設立。
FRP(強化プラスチック)製の造形を手がけ、
菊人形はもとより、遊園地の遊具や催事館の製作、
博物館などの模型など、その活躍分野は幅広い。
 現在は息子さん3人も製作に従事しており、
親子3代にわたる歴史を持っている。
造形美術 美尚堂工房

■2011年10月取材

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