タイトル_郷土の偉人

「置賜さくら回廊」の名所のひとつで、千本桜が咲き乱れる南陽市赤湯の烏帽子山公園は、日本さくら名所100選にも選ばれています。
その烏帽子山の桜を背に立つのが、赤湯温泉「上杉の御湯 御殿守」こと「御殿守グランド」です。
 赤湯温泉の由来は、源義家(八幡太郎義家)が「後三年の役」で奥州平定に向かった際、義家の弟加茂次郎義綱が温泉を発見したといわれ、開湯900年余年を経た歴史ある温泉です。以来、伊達領時代を経て上杉領となり、米沢上杉藩時代には、殿様が入る箱湯として、また、奥州街道の宿場町として栄えてきました。
 その米沢上杉藩の第二代藩主上杉定勝公の時代から、上杉家の別荘「赤湯御殿」として利用され、1634年(寛永11年)創業から380年の歴史を刻み続けてきたのが、ここ「上杉の御湯 御殿守」の前進です。「御殿守」という名は、上杉家赤湯御殿の用人(守番)の役職名「御殿守(ごてんのもり)」から命名されています。名藩主第九代上杉鷹山も終生愛したという赤湯の名湯としても知られています。
 当時、赤湯御殿に隣接して赤湯温泉で一番古い大湯という源泉を、火災で何度か損壊するが、当時「御殿守」であった初代石岡要蔵氏が、御殿を自費で再建したことから、譲り受けたとされています。以後、石岡家が代々世襲しています。
御殿守 現在の玄関
御殿守 創業当時の玄関

 

第十代社長の石岡要蔵さんに、南陽市で創立100年以上の企業について伺ってみました。

──老舗旅館に生まれ育った幼少期の想い出はありますか? 「旅館の宴会場で座卓を積んで飛行機を作ったり、かくれんぼをしたりして遊んでいました。叱られて蔵の中に閉じ込められたこともあります。お風呂に入ると昔はよく酒を飲んだ方が大きな声で歌を唄っていらっしゃいましたが、今ではそういう方は殆ど無くなりました。」
御殿守 第十代社長 石岡要蔵さん

 

──家業を継がれる、または継がれてから苦労されたことはありますか? 「私が学生(21歳)の時に父が亡くなり、ちょうど新館建設の基礎工事を行っていたときで、その後経営的に苦労しました。その時に信用の大切さを学びました。」

──今後、更に継続発展するための企業方針とかはございますか? 「できれば年輪経営のように、先代から受け継いだ伝統や信用に、私なりに少しずつ年の輪を刻みながら次世代にバトンタッチしていきたいです。」

 現在の第10代石岡社長のお話を伺った中で、380年続けてきたその大きな秘訣は、創業者の経営ビジョンを継続することと、上杉家代々の主君方をはじめ明治天皇や多くの財界人、文化人らが足を運んだ歴史がこの温泉宿を育んでくれたことといえるのかもしれません。

現在の御殿守の外観
創業当時の御殿守の外観
創業当時の御殿守の内観

 

 往時を今に伝える掛け軸や書籍など歴的価値のある遺品は多数残っており、資料館「時の倉」に展示されています。自慢の温泉も、現在「十二湯」が楽しめる工夫をしてきたのが現在の石岡社長で、アニメ映画の巨匠宮崎駿さんも来湯し、特に100トン余りもある目透き石をくりぬいた「龍神の湯」を絶賛し、自作映画の人気キャラクター「トトロ」が龍神の湯に浸かっている様子を色紙に描いてプレゼントをされたなどの逸話も残っています。

 このように、決して歴史だけで継続してきたわけではなく、お客様を飽きさせないサービス精神と、常に変化するニーズに対応する素早さ、そして従業員の笑顔の絶えないこの旅館は100年以上続いた理由なのではないでしょうか。
資料館「時の倉」
大石風呂 龍神の湯

 

御殿守の皆さん

上杉の御湯 御殿守

〒999-2211 山形県南陽市赤湯989番地

TEL:0238-40-2611

http://www.gotenmori.co.jp/


目指せ公式!
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■2014年2月掲載

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